沖縄一周自転車旅行
■1日目
今年で4年目を迎える友人横山とのGWの自転車旅行。お互い仕事で悪戦苦闘していた3月半ばに横山から、「4月に入り仕事が落ち着いたら、自転車旅行の計画をしよう」と電話がはいった。結局4月の半ばに漸く打合せを行った。そこでなんと横山から信じられない言葉が飛び出した。「今年は沖縄に行こう!」「嘘やろ?」「マジや!」そんな会話からスタートする。自転車での沖縄一周となれば、いつもの1泊2日、2泊3日という訳にはいかない。大体僕自身、社会人になってから約17年の間で、長期の旅行など、新婚旅行以外一度も経験が無い。特に子供が出来てからは、泊まりでの旅は、年末のボードと、GWの自転車旅行しか許されていない。しかし、昨年の夏くらいから、子供も手が掛からなくなった為か、何度かカヤックの旅も許される様になってきているので、もしかすれば、OKが出るかもしれない。結局、我が家での承諾次第という事で、何と5泊6日の大イベントの企画となった。
家に帰り、恐る恐るその計画を打ち明けると以外にも、何のためらいも無く妻から承諾を得た。まずは、この旅を許してくれた妻に感謝、感謝である。
その日からお互いに何とか仕事のきりをつけるべく、戦闘モードで仕事に励んだ。
4月27日(月)いよいよ出発の日がやってきた。世間では、まだ完全なGWという訳では無い為、仕事の電話が入らないかひやひやしていた。午前9:00伊丹空港から出発し、11:00に沖縄空港に到着した。気温は思った程暑くなく、というよりは、大阪と全く変わらないが、風が猛烈に吹いていた。早速自転車を組み立て、いよいよ旅の始まりとなった。
那覇市は、何故か建設ラッシュで、「巨人軍キャンプ地決定」と書かれた横断幕があり、大きな球場も建設中である。横目に見る海は、コバルトブルーで美しいが、交通量が非常に多く、とにかく空気が悪い。
今回の旅は、二日目に横山の友人の瀬古さんがダイビングのインストラクターをしている為、恩納村というところで、ダイビングをする事が決まっており、3日目以降は、無計画でとにかく時計回りで走る事になっている。
本日の宿は予約してもらっていて、宿まで約50kmなので、気分的には楽である。とにかく早く排気ガス地獄から抜け出すべく、目的地に向かって北上した。
途中、軽く昼食を済ませ、北上し、北谷町あたりから、華やかな雰囲気が漂いだす。いかにも若者達が集いそうなところだ。しかし、おっさん二人が寄り道する意味は見つからず、「ここは、次回家族旅行の際に訪れよう」と考え、横目に見ながらスルーした。
この辺りは、海沿いの道で快適に走り続けていた。しかし、嘉手納町に入った頃から、ものすごい地響きの様な騒音が聞こえ出した。すると前方で、米軍の戦闘機が、地上すれすれで基地内の滑走路に着陸している光景があった。その迫力は凄いものがあったので、丁度、戦闘機が走る真下の所で、暫く見物していた。この米軍基地に関する問題は、この旅の中で、地元の人の意見を色々と聴いたが、意見は様々で、マスコミの報道とは、少し違うと感じた。ただこの騒音は、飛行場から少し離れたところに住んでいる家でも、テレビの音が、聞こえない程のものだそうだ。
更に北上し、読谷村に入ったところで、残波岬を目指すべく、一旦国道を離れ、西へとルートを変える。しかし、猛烈な逆風で、なかなか進まない。そして、何とか苦労して到着したその岬は、ガイドブックに載っている風景とは、程遠く、海はおおしけで、風は強く、まるで冬の日本海の様な光景が待っていた。何となくがっかりしながら、来た道を戻り、恩納村に入った。明日は、恩納村でダイビングをする予定なので、本来なら本日はここで終了の筈だが、宿は、その東側の石川という町にあるとの事。丁度、沖縄本島の一番くびれた部分なので、距離にすれば約3 kmといったところなのだろうが、目の前に見える坂道が、とてつもなく疲労感を感じさせた。何とか東側に渡りきり、午後5時に本日の宿泊場である民宿「レキオ」さんに到着。
*民宿「レキオ」 http://www.lequio7.sakura.ne.jp/
今回の旅は、いつもより長期ということもあり、宿泊は、最終日以外は、民宿を利用する事にしていた。沖縄の民宿は、素泊まりで、だいだい2千円~3千円といったところで、安価な為でもある。しかし、我々のイメージする民宿は、「ザ・日本」という感じであるが、沖縄の民宿は、どちらかと言えば、ドミトリーの様な感じだった。またシャワー文化なのか、基本的に風呂は、無かった。
とりあえず、シャワーを浴び、沖縄上陸の祝杯をあげるべく、街に繰り出す。この辺りは、いわゆるリゾート地ではない代わりに、飲食店が多い。早速、瀬古さんから教えてもらっていた地元の人に人気のある居酒屋に向かい、まずは、オリオンビールで乾杯した。僕自身、沖縄の料理には、正直期待していなかったが、予想に反し、かなり美味かった。さすがに、魚の刺身は、いまいちだが、魚料理も地元ならではといったメニューが豊富で、一気に沖縄料理に対する感覚が変わった。暫くオリオンビールを呑んだ後、「やはり沖縄なら泡盛でしょ!」という事で泡盛タイムに突入。すると、泡盛と、氷、水、そして見慣れない麦茶のようなボトルが、運ばれてきた。これは「うっちん」というものだそうで、我々が、二日酔いの時にコンビニで購入する「うこんの力」の様なもので、この辺りの人は、泡盛に入れて呑むらしく、これを混ぜて呑むことで、二日酔いを避けられるとの事であった。
普段、殆ど酒を飲まない横山は、よほど沖縄入りが嬉しかったのか、大はしゃぎであり、何軒かはしごをし、ほぼ泥酔状態で宿に戻り、一日目が終了した。
■2日目
今日は、事前に予約しておいた今回唯一のバカンスとも言えるダイビングの日だ。
午前7:30に横山の友人の瀬古さんが迎えに来た。本来なら恩納村のビーチで2ダイブ、午後からは、船を使って1ダイブの予定であったが、本日は、昨日からの強風が続いていて、海はおおしけとの事。残念だが、唯一うねりの少ない本部というところまで、車で移動して、ビーチにてのダイビングという決定だった。
車で、約1時間で、ビーチに到着。早速、レクチャーから始まり、海へと向かう。普段僕は、日本海にて、カヤック&スノーケルを楽しんでいる。それでも充分楽しいのだが、やはり、沖縄の海は一味違う。また、スノーケルならせいぜい数秒しか、海底に潜っていられないが、ダイビングでは、今回1ダイブが45分であった。そこが、大きな魅力である。
少し休憩して、2ダイブ目。瀬古さんに色々な珍しい魚や、生物を海の中で説明してもらい、大満足の午前中だった。しかし、朝から横山のテンションは低い。どうやら、かなりの二日酔い状態みたいだ。そこで、海がまた荒れだした事もあって、また明日からの地獄の日々に備え今回は、午前のみという決断にした。
*スピッツダイブセンター http://www.cosmos.ne.jp/~spitz/
その後、宿に戻る途中で、初の沖縄そばを食べることに。そこは、地元の人がよく来るという店との事。僕自身、沖縄そばは、初めてだが、そんなに美味しい食べ物というイメージはなかった。しかし、僕の中でのイメージは、ここでも一気に覆される事に。基本カツオベースで、鶏や豚で煮こまれているそのスープは、絶品である。僕はこの旅の中でも「三枚肉」というそばに完全にはまってしまった。関西で、ラーメンライス。お好み焼きとご飯。といった感じで、地元の人が、沖縄そばとライス。の組み合わせで注文しているのは、うなずける。
その後、宿まで、送ってもらい。洗濯、シャワーを済ませ。少し昼寝。夕方、明日からは、恐らく暫くの間まともな料理は食べられないかもしれないという事で、焼き肉屋で、旨い肉を堪能し、宿に戻る。昨夜、遅くまで呑んでしまったので、今日は早く寝ようと僕は提案したが、本日二日酔いで、ばてばてだった横山が、懲りもせず、「今日も街へ繰り出そう」と懲りない発言をした。僕は、一瞬悩んだが、本来は、酒飲み。誘惑に負けてしまい、泡盛を求め、ふらふらと夜の街へと向かったのである。明日が心配だ。
■3日目
いよいよ今日から本格的な自転車の旅が始まる。沖縄に上陸して2日経ってまだ約50kmしか進んでいないので、少しペースを上げなければいけない。
2日間滞在したこの石川に別れを告げ、一旦西側の恩納村に戻り、ひたすら北上する。
最終的に一周走り終えて感じたのは、この3日目のルートが、一番快適だった。観光地や、リゾート地が多いせいか、道も広く、きれいで、何よりアップダウンの少ない海沿いの道は、走っていても気持ちが良い。しかし、この日の前半は、昨日の横山に変わって僕が、やや二日酔い気味の為、なかなか体が動かず、横山との差はぐんぐんひらいていく。
本部町に入り、美ら海水族館の少し手前で、感じのよさそうな食堂を見つけ、昼食をとることに。テラスに座り、沖縄二度目の沖縄そば(三枚肉)を注文。そこの女将さんは、何と沖縄の海に魅せられて、北の北海道から、南の沖縄に移住してきて、数年前からこの店を経営されている。午後5時に店を閉め、その後近くの海で、スノーケルを楽しむのが、ライフスタイルだとか。とにかく笑顔が絶えず、明るい女将さんの姿を見ていると、自分の好きな事をしながら生きている人は、こんなに明るくなれるのだな。と、羨ましく思った。店の雰囲気も家庭的で良く、味の良い。次に来るときの是非寄ってみたい。
*「お多福」http://www.hokkaido-ima.co.jp/otafuku-mentaiko/
「気をつけてねー」「宣伝しといてねー」という送り言葉で、見送られ再び北上する。

美ら海水族館前で、小休憩。この辺りは、観光地や、離れ小島が多い為、立寄りたい所は、山程あるが、まだ全然進んでいない為、断念し、半島をひたすら走破していく。大宜味村を通過し、国頭村に入った辺りで、午後5時。地図で見る限り、この集落を超えると、宿は、無さそうな雰囲気である。辺名土という街の商店街には、
数件の民宿があった為、宿探しに。ビジネスホテルらしき宿があったので、今から宿泊できるかを確認。今からでも、夕食、朝食付きでOKとの事。値段は、6千円くらい。ビジネスホテルの為、この日はシングルルーム。僕は猛烈にいびきがひどく、横山は、毎回耳栓を持参してくる。その為、久しぶりに快眠出来そうだと、横山は安堵の様子。しかし、ここでもやはり風呂には有りつけなかった。本日の走行距離は、約100㎞。本格派のライダーなら、なんて事の無い距離だが、なんちゃってチャリダーの僕らにとっては、結構な距離で、風呂が恋しい。
とりあえず、シャワーを浴び夕食を済ませた後、またまた夜の街の探索に。小さな街だが、何件か飲食店があった。懲りない面々だ。
暫く散策していると、一見変わった店が目に入った。La Cabanaというペルー料理の専門店だった。面白そうなので、店に入ると数人の地元の人らしきお客さんが、数人いて、既に出来上がっているといった感じだった。夕食は、ホテルでガッツリ食べてしまったので、失礼ながらおつまみと泡盛で、本日の走破の祝杯をあげた。
*La Cabana http://www1.ocn.ne.jp/~lacabana/index2.html
暫く呑んでいると、隣のグループ(地元の方)の一人が、「どこから来たの?」と声をかけてきた。旅の経緯等話しているうちに仲良くなり、一緒に呑む事に。その内、僕たちが、宿泊しているホテルのお客さんが、二人は入ってきて、合流。その後、地元の人が一人増えて、合流。おっさんだらけの合コンが始まった。酒がどんどん進み、色々な話をしていると、初めに声をかけてきた人が、どうやらマスターらしい。完全に客だと思っていたので。「お父さん、呑んでるだけで、全然働いてないじゃないですか?」と思わずつっこんっでしまい、一同大爆笑。このマスターは、元々ここの人だそうだが、長い間ペルーに住んでおり、ペルーの方と結婚し、帰国。そして家族4人で経営しているらしい。でも働いているのは、子供さんばかりで、氷も僕が厨房から持ってくる有様だった。

そのうち、三線を持ち出し、島歌を一緒に歌った。その後、何曲か、民謡を歌ってくれた。歌詞は、方言なので、良く分からなかったが、何故か寂しいメロディーだった。マスターから歌の意味を聞くと、やはり、戦争の時の悲しい歌だった。そして、「次は、滋賀県の歌を聴かせてくれ」と三線を手渡された。困ってしまった。滋賀県の歌と言われても、分からないので、「三線が弾けません」とごまかしたが、「そんなもの適当でいい」とあっさり却下されてしまった。悩んだ挙句、横山が、三線を弾き、「琵琶湖周航歌」をお返しに歌った。この世代の人は、加藤登紀子を良く知っているので、うけていたが、僕たちは、歌だけではなく、地元の文化を知らなすぎる。地元のおじさん達からは、色々な沖縄の文化を教えてくれたが、僕たちから教える事は少なく、なんとなく情けなく感じた。
その後も宴会は続き、僕は途中から記憶があまり無かった。翌朝起きて横山に聞けば、何時間も呑み続けて、一人たったの二千円だったそうだ。男だけの気楽な自転車旅行ならではの、楽しい一日だった。
■4日目
いよいよ後半戦に突入。本日は、この旅一番過酷なルートになりそうだということが、地図からみても、このあたりのエリアが、「やんばる(山原)」と呼ばれている事でも予想がつく。
とりあえずは、沖縄本島の最北端である辺戸岬を目指して北上した。出だしは、快適な海沿いの道であったが、数キロ進んだとこで、強烈な坂道が前方に見え出した。今回の旅で、初の本格的な上り坂だ。辺戸岬までは、宿から約10kmのところだが、流石にこの坂は、きつかった。いきなり足がつりそうになる。なんとか辺戸岬に到着。流石にここからの景色は、圧巻で、とうとう最北端まで来たと実感が沸く。
ここから先は、いよいよ後半戦とも言えるべく東ルートとなる訳だが、初日の石川での居酒屋での店員さんの話では、ドライブしても何も無く、同じ様な景色ばかりで、アップダウンが凄く、車酔いする人さえいると言われていた。またこのやんばるエリアは、日中の間に走りきらないと、恐らく野宿の可能性もあると脅されていた。たしかにガイドブックを見ていても、華やかな西側とは違い、あまり、紹介されている場所も無い。
とにかく野宿だけは、避けるべく頑張って走ることにした。ところが、予想通りアップダウンの繰り返しで、いたるところに「やんばるくいなの飛び出しに注意」の看板がある。やんばるくいなは、絶滅危惧の貴重な鳥であるため、唯一の楽しみである下り坂も気が抜けない。途中、食堂らしきものもなく、空腹が限界に達したとこで、「奥共同店」という店で、超手作りおにぎりを購入し、むさぼるように頬張る。この店は、100年以上の歴史がある店だそうで、地元の人には無くてはならない存在なのだろう。その後も過酷な上り坂、やんばるくいなに気を使う下り坂の連続。もはや部活モードだ。ただ石川の店の店員と少し違うのは、車と違いスピードの遅い自転車での走行は、景色をゆっくり見るというところにある。確かに何も無いが、ここの原生林は今まで見たことのない光景だ。地元滋賀の山の木は、殆どが植林である為、この原生林の色は見とれてしまうものがある。体は猛烈に疲れているが、だんだん慣れてきて、少し快感にすら感じてくる。やはり僕は超ドMなのか?又、観光エリアが無い為か、車は少なく空気が良い。
なんとか、山道を乗り越え、東村に着いたのが、4時前。個人的に川好きの僕としては、本日は、東村で宿泊し、明日の午前中だけでも、慶佐次川での「マングローブカヌー」という企画に参加してみたかったので、横山に相談する。横山も魅力を感じていたものの、「それでは、本来の目的である沖縄一周が出来なくなるかもしれない」との鶴の一声で断念。とにかく出来るだけ南下する事に。しかし、この先は何の変哲も無い住宅地。辛かったが、さっきまでの山道が懐かしい。交通量も多く、足取りは重い。だんだん日が暮れてくるが、民宿らしきものが、見当たらない。宜野座村でコンビニに寄り、情報収集する事に。しかしこの辺りには、いわゆる民宿は無いとの事。ただもう少し先の金武町までいけば、国道沿いに一軒民宿があるとの情報をゲット。ひたすら宿をめがけて走る。
午後7時ようやく、教えてもらった宿を発見。一応「民宿」ときらびやかな文字の看板があるが、どう見ても田舎のラブホテルにしか見えない。いまいち気が進まなかったが、もう7時を過ぎていたため、宿泊の確認に店に入る。店ははなり怪しげな雰囲気で、どうやら一階は、スナックになっているようだ。そして出てきた店員は、恐らく東南アジア系の女性だった。素泊まりで3000円との事で、前金で渡し、鍵を手渡された。部屋は2階にあり、当然の事ながら、洗面場、シャワー、トイレは外にあった。部屋は、かなり狭く、古い畳が敷かれており、何となく独房といった感じであった。とりあえずシャワー、洗濯を終え、近くの食堂で定食を食べ、明日のルート確認だけしてさっさと寝ることにした。
本日の走行距離約100km。坂道の多い中、僕らにしては、良く頑張った。
■5日目
いつもなら、朝の8時半くらいに出発していたが、昨日は呑みにも行かずにさっさと寝たので、本日は朝の6時半に出発。本日の予定は、ひたすら南下し、与那原町で、一旦西側に戻り、早めに那覇市に到着し、沖縄最後の夜を楽しみ、最終日夕方の便までに、南部エリアを反時計回りに走行し、空港にゴールという計画であった。
暫く、南下して行くと、初日、2日目と滞在した石川の街に入った。何とも懐かしい光景である。更に南下し、うるま市に入る。予勝半島から平安座島へと渡る海中道路を走る事に。しかし猛烈な逆風にあおられ、中間地点のロードパークに立ち寄り、目の前に見える島に背を向け、Uターンした。何とも情けない。その後、勝連城跡でしばし見学。どうやら世界遺産に指定されている様で、ラピュタに出てきそうな光景で、美しい。
その後は、ひたすら走り続け、部活状態。そして、那覇市へ向かう入り口となる予那原町に到着。ここから西へ8K程で今晩の宿泊地に到着する。しかし、朝早く出たせいか、まだ正午にもなっていない。ここで、予定を変更し、今日中に南部も周りきり、明日は、夕方まで市内観光でもしようという事になった。そして、途中ラーメン屋で軽く昼食をすませ、ひめゆりの塔に到着。一度訪れた事はあるが、資料館を見学。やんばるのおじさん達が話していた様に、過去この沖縄で起きた悲しい事実は永遠に忘れられてはならないと再認識した。
ここからは、後少し北上すれば、いよいよゴールだ。足はパンパンに張っているが、もうこれで終わりなのか?と思うと切ない気持ちになってきた。
そしてついに、出発地点の沖縄空港を通過。完全制覇だ。やったという気持ちと、とうとう終わってしまったという気持ちが入り交ざる。横山もきっとそうなのだろう。慌しい那覇市内を走り、予約されていたホテルを見つけ、ゴールした。本日の走行距離約120km。
ホテルで手続きを済ませ、部屋に入る。基本的には、ビジネスホテルだが、流石に那覇まで戻ると、綺麗な部屋だった。更にホテル内には大浴場までついている。沖縄に来て、最初で最後の入浴が出来た。
入浴後、国際通まで歩き、二人で祝杯をあげた。その後、横山の友人夫婦と合流し、歓談し、ホテルに戻り、熟睡した。
■6日目
昨日予定を変更し、本土一周は達成したので、本日は、夕方の飛行機の便まで買い物と、観光をする事に。とりあえず国際通りに行き、土産屋で、今回の旅を許してくれた家族へのお土産を購入。その後、市場に行き、大量のフルーツを購入して、宅急便で自宅に送った。
一旦、ホテルに戻り、自転車で首里城へと向かった。途中、最後の沖縄そばを食べて、首里城と、石畳の坂道を散策した。古都の風情を残した情緒にあふれた風景だった。
そろそろ飛行機の時間がせまってきたので、ホテルで荷物を受け取り、空港へと向かった。
空港までの道は、初日と同じ道だが、何故か違った風景に見える。走りながら、今回の旅を回想していた。計画した時は、ものすごく長く思っていたこの6日間は、終わればあっという間に終わってしまった。又、自転車での限られた時間での旅の為、ガイドブックに掲載されているようないわゆる観光地や、リゾート地は殆ど行っていない。しかし、車で通り過ぎるだけなら感じないないような、自転車だからこそ味わえるゆっくりとした空、海、原生林の風景や、におい。6日間で本当に満喫出来た。早く子供達の顔が見たいという思いと、もう少し残っていたいという思いが入り混じっていた。
空港に着き、自転車を解体。飛行機も無事大阪に到着。帰りの高速もたいした渋滞も無く滋賀に着いた。
今回の旅は、総走行距離約380km。何故このレポートでは、走行距離を約という言葉が出てくるのかというと、二人ともスピードメーターを持ってきていなかったからだ。これだけが今回の旅の失敗だった。
自転車旅行4回目にして、なんちゃってチャリダーの僕達は、沖縄一周までやってしまった。「来年どうする?」と横山に尋ねると、「来年は台湾一周や」とまた信じられない言葉が、飛び出した。流石にそこまで許してくれる寛大な嫁は、いないだろう。来年やいかに。